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アメリカンウイスキーの礎   オールド・オーバーホルト ライウイスキー

オールド・オーバーホルト_convert_20180510142721

お久しぶりです。ここのところ夏のような気温と春の入り口のような肌寒い気温が入り混じっていますが
皆様お元気でお過ごしでしょうか。

今日はアメリカンウイスキーの礎とも言われたライウイスキー、オールド・オーバーホルトのお話です。オーバーホルトは1810年にペンシルベニア州に設立されたアメリカで最も古くから続くウイスキーブランドだと言われています。ライウイスキーの代表的なブランドであり、今はサントリーホールディングスの子会社です。現在はケンタッキー州クレモント、ジムビーム蒸留所で生産されています。

1800年創業者であるヘンリー・オーバーホルトはドイツからペンシルベニア州に移住、もともとドイツではコーンやライウイスキーを蒸留いていた地域の出身だったそうです。2代目のエイブラハムは蒸留所を引継ぎ、会社を急速に成長させていきました。日に12~15ガロンの生産量を860ガロンまで増加させたほどです。

1881年にはエイブラハムの孫ヘンリー・クレイ・フリックに会社を引き継がせました。フリックはアンドリュー・メロンとチャールズw・マックをパートナーとして迎え1/3づつ所有し、マックは「オールド・オーバーホルト」を会社の公式名として採用、樽を売る代わりにボトルを売り始めラベルにはエイブラハムの絵をロゴに加えるようにしました。こうしてオーバーホルトは20世紀初頭には最大の最も支持されるウイスキーブランドにせいちょうしました。1919年フリックが世を去ると彼の経営権はメロンに引き継がれオーバーホルト家のオーナーシップは終わりを告げます。

この後時代はあの禁酒法時代や第二次大戦を迎えることにになりますが、禁酒法時代でも薬用ウイスキー等政府からの許可を受けたものは製造することができたそうです、何なんでしょうかね?薬用ウイスキーって。そして何とメロンが以前、第29代大統領の財務長官をやっていたおかげでオーバーホルトはその薬用ウイスキーの販売を許可されました。しかし、禁酒法下のプレッシャーに耐えきれずにメロンは自分の経営権をニューヨークの食料品店に売ってしまいました。1932年再びナショナル・ディスティラリー・プロダクツに売られてしまい、こうして地元ペンシルベニア州での経営も終わりを告げました。第二次大戦が始まるとオーバーホルトは政府から工業用アルコールの製造を命令されました。戦後、ウイスキーは人々から忘れ去られ、ウオツカが好まれるようになり、特にライウイスキーは人気を無くしていました。1970年代売上の低迷を闘い抜きましたが1987年オールド・オーバーホルトはジムビームに売られてアメリカンブランヅの子会社なり、製造はケンタッキー州に移っていきました。現在は
ジムビーム部門を取得したサントリーホールディングスの傘下となっています。

前述の薬用ウイスキーってありましたが前から思ってましたが、オーバーホルトのボトルを見るとくすりの瓶のように感じてました。ライウイスキーはカクテルのマンハッタンのベースにも使われますが、オーバーホルトはそのままストレートでもオン・ザ・ロックでもライのほのかな甘みとスパイシーな風味が美味しいアメリカンウイスキーです。是非、お試しください。

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